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◆かんからさんしん 沖縄ってどんなところ?◆
亜熱帯のサンゴ礁の島々
 沖縄県は日本列島の南西のはしにつらなるサンゴ礁の島々だ。まぶしい太陽と青い空、七色にかがやくサンゴ礁の海にかこまれて、冬でも南国の花々が咲き乱れている。
 亜熱帯のジャングルは、世界的にも珍しい動植物が多く、イリオモテヤマネコ、ノグチゲラ、ヤンバルクイナなど国指定の天然記念物が38種もあり、“東洋のガラパゴス”と呼ばれている。島々は、トロピカル・ムードがいっぱいの観光地だ。
 しかし、島々の自然はきびしい一面もある。毎年、台風や干ばつにおそわれ、交通も不便だ。それだけに、人々は助け合いの精神が強く、集団の力で離党苦とたたかってきた。人々は、やさしく、明るく、おおらかだ。

ユニークな歴史と文化
 本土から遠く離れた南西諸島では、15世紀はじめ琉球王国が誕生し、中国や東南アジアとさかんに貿易をおこない、様々な富や文化を取り入れた。
 1609年の薩摩入りによって琉球は独立を失ったが、薩摩藩は海外貿易の利権を守るために、形だけは琉球王国の姿をのこして1879年の廃藩置県まで中国と進貢貿易を続けさせた。
 沖縄の地名、人名、風俗などに本土とは違った色彩が濃いのはそのためである。明治になって王国は滅びたが、中国や東南アジアの影響をうけた独特の文化はいまなお人々の生活の中に息づき、沖縄の強烈な個性となっている。

戦場となった島
 1945年3月、沖縄に米軍が上陸して、3ヶ月以上におよぶ地上戦闘が続いた。沖縄戦は15年戦争の総決算であり、日米最後の決戦であった。“鉄の暴風“といわれる猛烈な砲爆撃によって地上は山の形が変わるほど破壊され、琉球文化の遺産もことごとく飛散してしまい、県民の4人に1人が戦死した。しかも日本軍による壕追い出し、スパイ嫌疑事件、住民虐殺、集団自決の強要など、戦争と軍隊のみにくい本質を子どもたちまでが目撃した。
 島々にはいまなお多くの戦没者の遺骨が埋もれ、不発弾の処理にもあと50〜60年はかかるという。地下の洞窟(ガマ)に足を運べば、今でも当時の地獄の戦場を追体験することができるだろう。沖縄はヒロシマ、ナガサキと並んで、平和教育の原点の島である。

基地の島
 沖縄を占領した米軍は、戦後27年間も沖縄を日本本土から切り離して、巨大な軍事基地を建設し、朝鮮戦争やベトナム戦争の足場にした。「基地の中にオキナワがある」といわれた状況は、1972年の日本復帰の後もあまり変わっていない。むしろ基地の機能は核戦争にも対応できるように強化され、連日のように実戦さながらの演習がくりひろげられている。米軍にとって沖縄はいまなお“太平洋のカナメ石”であり、復帰後は自衛隊との合同演習も公然と行われており、まさに日米軍事同盟のカナメ石となっている。
アジアへの架け橋
 沖縄は地理的に中国や東南アジアに近いだけでなく、歴史的にも文化的にも生活風俗の上でもアジアの中心に位置しているのだ。また、沖縄戦の体験は、アジア・太平洋の人々の戦争体験と共通したものがあり、21世紀の若者たちが国際人として世界にはばたいていくうえで、この日本列島の南端の地域に一度は足を運んでもらいたい。“沖縄に立つと日本がよく見える”といわれるが、同時に“沖縄に立つとアジアがよく見える”はずである。


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