Aisa Wide Communications
◆象のいない動物園◆
ドキュメント

昭和12年9月2日 戦争のため象の足にくさりをつける夜は灯火管制がはじまる
昭和15年 動物園のおじさんたちにも召集令状がきはじめる
昭和16年 この頃から動物たちの飼料の節約がはじまる
昭和16年7月 古賀園長に召集令状がくる。福田代理園長になる
昭和16年8月 空襲をうけた場合の決まりが作られ、象はもっとも危険な動物に指定される
昭和16年12月8日 太平洋戦争がはじまる
昭和17年4月18日 東京がはじめて空襲をうける
昭和18年1月 動物園の防空演習も本格的になる
昭和18年8月16日 象をはじめ動物の毒殺命令がくる。空襲でおりが壊れ動物が街の中へ逃げるのを防ぐためである。毎日、動物たちが殺されてゆく。
その頃、上野動物園にはジョン、花子、トンキーの3頭の象がいたが、いちばんおとなしいトンキーだけは、なんとか殺さずにと考え仙台の動物園へ送る案もでたが、結局、殺されることになってしまう
昭和18年8月17日 8月13日より餌を与えなかったジョンが死ぬ
昭和18年9月4日 殺された動物たちのため慰霊祭がおこなわれる。この時、象はすべて死んだことになっていたが、花子とトンキーはまだ生きていた
昭和18年9月11日 花子死ぬ
昭和18年9月23日 トンキー死ぬ
昭和20年3月10日 東京大空襲、この日から4日間休園
昭和20年4月13日 いよいよ餌がなくなり、鳩や鶴なども処置する
昭和20年8月15日 戦争終る
昭和23年4月10日 子供動物園が開かれる
昭和24年3月6日 妹に象を見せたいという近藤晃一くん(11才)の手紙が新聞にのり、象よこせの運動がはじまる
昭和24年5月2日 台東区子供議会が、名古屋東山動物園から象をかりることを決める
昭和24年5月4日 「象列車」を走らせる話し合い鉄道局ではじまる
昭和24年5月6日 子供議会の代表が名古屋市長を訪れ、象の貸出しを、お願いする。市長は「象の貸出しは約束できないが、5月21日に象列車を走らせる」と約束する
昭和24年5月18日 5月21日の象列車、中止となる
昭和24年6月3日 ネール首相〈インド〉へ象が欲しいという子供たちの手紙1500通が送られる
昭和24年6月18日 ネール首相は日本の子供たちに象をプレゼントすると発表
昭和24年6月26日 東京の子供たち1150名「象列車」で名古屋へ
昭和24年7月16日 インドから象の輸入の許可おりる
昭和24年7月22日 上野動物園で象をむかえる建物の工事がはじまる
昭和24年7月26日 インドへ象をむかえに延長丸が出発
昭和24年7月30日 ネール首相のお嬢さんの名前をとって象は「インディラ」と名付けられる
昭和24年8月29日 「インディラ」インドを出発
昭和24年9月24日 「インディラ」東京に着く。港から動物園へ、真夜中に歩きだす
昭和24年9月25日 「インディラ」上野動物園に到着



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昭和16年12月8日